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スタニスラフ・リベンスキーのポートレート

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スタニスラフ・リベンスキー(1921ー2002年)というチェコのグラスアート作家をご存知ですか? 長い間、パートナーのヤロスラヴァ・ブリフトヴァと共同制作をしていたので、リベンスキー/ブリフトヴァという具合に二人の名前が並列され、国際的なガラス芸術の世界的リーダーだったアーティストと記憶されているかもしれません。(もちろん、お二人のツーショットは撮ってあるのですが、ここでお見せするのはリベンスキー単独の写真です。)

1937年リベンスキーはノヴィ・ボルのガラス専門学校で勉強をはじめる。

1948年リベンスキーはプラハのアカデミーに移り、ヨゼフ・カプリツキー教授のもとで研鑽を積む。ヨゼフ・カプリツキーは、絵画、彫刻、建築といった分野で活躍する多才なアーティストで、昨年急逝した建築家ヤン・カプリツキーの父親。

1954年スタニスラフ・リベンスキーとヤロスラヴァ・ブリフトヴァが共同制作を始める。

1963年ヨゼフ・カプリツキーの死後、空席だったプラハアカデミーのガラス学部の教授に任命される。1987年まで。

世界的に活躍したアーティストですから、いろいろな都市で展覧会を開催しました。なかでも私が関心持ったのは、日本国内で開催された二つの展示:大阪万博のチェコスロヴァキア館と明治神宮で行われた野外展示。

大阪万博のものは、「非暴力のより人間的な世界を」というテーマに「生命の川」と題された作品で、長さ22mの巨大なインスタレーション。リベンスキー/ブリフトヴァの作品の中では最も多弁な作品だった。ところが、万博が終わると作品が行方不明になってしまった。大阪万博の時期が「プラハの春」民主化運動が軍事介入で弾圧された直後ということもあってか、テーマが政府の怒りを買って切り売りされてしまったようです。28年後に作品の三分の一にあたる中央部分が日本のビール工場のラウンジに飾られているのが発見されました。(もちろん、撮影してあります。)一方、明治神宮の回廊での展示は、コントラストの妙といったらよいのか、かつて見たこともないようなものになりました。(これも撮ってあります。これら二つも入れてリベンスキーを纏めようと考えています。)

数多くの受賞の中から、いくつか紹介します。1997年ニューヨークの工芸美術館(現アーツアンドデザイン美術館)特別功労賞。1995年ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)名誉博士号。1989年芸術美術勲章シュヴァリエをフランス政府より叙勲。

Posted on
月曜日, 3月 8th, 2010
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