旧松尾鉱業従業員用集合住宅。松尾鉱山は1914年硫黄、硫化鉱の鉱山として創業。東洋一の硫黄鉱山として最盛期には従業員4,000人、人口15,000人を数えたが、石油精製時の脱硫副産物として硫黄を生産するようになってから、硫黄鉱山の役割が終わり、1969年閉山した。 八幡平の裾野標高1,000mの広大な敷地に集合住宅、学校、病院、劇場などが建てられ、繁栄時には「雲上の楽園」と呼ばれた。 写真の住宅は、1951年6棟、1953年2棟竣工、その後も数を増やし合計11棟建設された緑が丘アパート。鉄筋コンクリート4階建て、一階は若い夫婦向けで6畳1K、2階以上は子供のいる夫婦向けで8畳6畳の2K。スチーム暖房、水洗トイレ、ダストシュートを備えた当時としてはモダンな建物だった。 ピオニールを世に出したたチェコ(スロバキア)Druopta社製カメラ・コリーナで撮影。
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